足かせをはずすべき人はもういないという事実。そしてはずせるのは今となっては自分以外にいない。泣いて眠ってを繰り返してあるときようやく分かった現実。その現実は受け入れるには尖りすぎていたけれども、受け入れなければ一生私は眠り女のままだと思った。それでもいいと思った。眠っている間は何も考えなくてすむ。楽になりたかった。でもそれでいいのだろうか、とも思った。1日のうちに何回も、何十回も、何百回も繰り返し思った。
あるとき足かせをはずしても、彼のことを思い出すようなら、あきらめて一生思っていようと思いついた。二度と会えない人、どうがんばっても会えない人。なにもしてあげられない人。何を話しても、答えは返ってこない。そういう人を思っていくのは苦しすぎた。そして私は少し疲れていたのかもしれない。あんなに忘れたくないと思っていたのに、できることならすべて忘れてしまいたい、そう思うようになっていた。彼のことを忘れれば楽になれると思った。そうしてあるときその足かせをはずしてみた。彼の命日だった。指が軽くてせつなかった。彼の重みと指輪の重み。私の体はそれらを忘れ始めた。そうして身軽になれるはずだった。けれど上から押しつぶされるような重さは私につきまとった。彼に関するものが自分の視野に入るところにあるからいけないのだろうと思いつき、すべての物を私の視野からはずれたところに置くことにした。
何が私にそうさせたのかは今でも分からない。ただ漠然としたこわさをどうにかしたかっただけなのかもしれない。そうして私はいろいろなことを考えるということをはじめた。
私はひとりぼっちなんかではないのに、そう思い込んでいた。ずいぶん前に聞いた友人の言葉が思い出されてきた。お前は生きて、と言った友人。彼が死んでから私がそれを知るまでの2ヶ月間彼は私だけのために生きていたのだ、と言った友人。あの時はただ耳を通り抜けていっただけの言葉たち。たくさんのやさしさ。それに気づかないでいた私。気づかなかったけれど、たくさんのやさしさがあったから、私はどうしようもない毎日を過ごしながらも病気の治療をしていたのだろうと思う。副作用の強い薬などやめてしまうこともできたのに、生きることをやめることもできたのに、そうさせなかったのは周りの力。そうして私は少しづつ回復してきたのだ。無気力感は続いていたけれど、どうにかしなければと思うようになってきていた。
それでももう2度と誰かを好きになれないと思ったし、好きになるのは嫌だった。大切なものが増えればその分不安も増す。人に深く関わるのが怖かった。誰かに深入りしてしまうのが怖かった。もうあんな思いは2度としたくなかった。それで私はすべてのことを自分のためだけにした。