彼の家の部屋の台所はとても小さく、まな板を置く場所などない。だから彼は彼の大きな手の上で食べ物を切る。私の顔をすっぽり覆う大きな手。そこで玉ねぎもトマトもりんごも赤ピーマンもお肉も切られる。微塵切りはさすがにしないけれど、賽の目切りなんかもささっと手の上でしてしまう。そういうふうにして切られた材料たちはお鍋の中に入れられて、冷蔵庫からとりだされたつくりおきのシチューにまざっておなべの中でおいしくなる。
私はその過程をただ見ているだけだった。ベッドの上に寝そべって。ただひたすら。空いたお腹をかかえながら。
そうやって待っているうちに、私はいつもうとうとと眠ってしまう。おいしいにおいを遠くのほうでうすぼんやりと感じながら。出来上った食べ物を持って彼が私の名前を呼ぶ。真っ赤な唐辛子の粉がたっぷりとはいった辛いシチューとフフの夜ご飯。私はねむっていたことに気づく。それからとてもお腹がすいていることにも。それで私はすぐに食べようとするけれども、彼は先に手を洗ってきなさいという。しぶしぶ手を洗ってもどってくると、彼はもうひとりで食べ始めている。そして私にも食べさせる。私が彼の作る料理を食べるのがあまりにもへたくそで遅いから。こんなに熱いものを3本の指でつかまえて食べるなんてどうかしてる、と私は思う。
だけど私は食べさせてもらうのが好きだった。彼の指も一緒に食べられるから。いつも料理をしていたのは彼だった。そして私にもなにか作って欲しいと言ったけれども、私は私の国の料理を彼が好きではないと思い、作るのがこわかった。彼が私の作ったおいしいと思えない料理を食べて、だけどおいしくないという顔ができずに困った顔をするのを見るのはいやだった。そういうわけで私は、いつか作るよといいながら、時が過ぎて結局彼は私の料理を食べることのないままだった。
それはそれはとてもじんわりとあたたかい時間だった。程よくあたたかい。そして、そういうものはすぐに冷めてしまう。